『ヒアアフター』を観てきました。


というわけで観てまいりました、ヒアアフター。
「ソーシャルネットワーク」を見たときの予告で見たのですが、水中にいる女性が印象的で、「人は死んだら、どこへいくのだろう」というセリフに魅かれました。

今回はネタバレたくさんなので、ネタバレ防止。以下よりどうぞ。

観た直後の感想は、ラストがあまりにもすっきりしない。
まとめていうと「お察しください映画」。
主人公?のマットデイモンは、死んだ人と意識が通じ合えるという胡散臭い霊能力者なのですが、これが実はマジモンで、亡くなった人と話がしたいという人の依頼を受けて、亡くなった人からのメッセージを伝えていきます。

亡くなった人と話すなんて、呪われてる、とマットデイモンはある日やめちゃうんですが、辞めるに至るまでの深いトラウマがあるのかと思いきや、特になさそうでした。
(お兄さんがいるんで、お兄さんを通して死んでしまった両親と交信して知りたくないものを知ってしまうとか、そういうのを想像してたんですが、死と向き合うのがだんだんと嫌になった、怖くなったというかんじ)

マットデイモンとさらに、ふたり、ストーリーが同時進行していくんですが、
死にかけた女性と、双子の兄を亡くした子供の話なのですが、子供の話はじわじわと泣きそうになりました。

死んでしまった兄の影を追いかけて追いかけて、どうしたらいいのかわからなくなって、もう1度会いたい、話したいという気持ちが描かれていてよかったです。
劇中、google でよく検索してたのが印象的。

マットデイモンは兄に頼まれて、また死者と通じ合うようになっていくんですが、料理教室で狙ってたレディに「あたいをみてえー^^」と詰め寄られて、いやいやながらに通信を行ったんですが(ていうか、とくに話したい人がいるとも言ってなかったんですが、きっと、頭の中で思い描いた話したい人と繋がるのでしょうね)
そのときに、レディを傷つけてしまうような内容をマットデイモンは見てしまうんですね。

内容は、こんなかんじ。うろ覚えですが。

マット「お母さんが苦しんでる。胸のあたりかな?」
レディ「母は心臓発作でなくなったから」
マット「キッチンが見える・・・。まって、誰かいる。男だ。黒髪の・・・」
レディ「・・・それ、きっと父だわ。去年、亡くなったの」
マット「お父さんが君に伝えたいことがあるって・・・ちょっとまって。謝りたいっていってる。何をしても許してくれないだろうけど。何度も何度も言ってる。許してくれって」
レディ「(涙)」
マット「!!!?」

なんだかとんでもねーものを見られたらしいレディは、「やっぱり好奇心だけで入り込んじゃいけないのね。今日は帰るわ」的なことを言い残し、マットの部屋から出ると階段あたりで号泣。最初は気丈だったのに、急に号泣するあたり、よっぽどやばいメッセージだったと想像できます。

結局これが何であったのか、彼女から一切何も言おうとしないので、断片的な情報をまとめて私が予想したのは、

1.お父さんが女性に対して近親相姦した?

だったんですが、これじゃうみねこの金蔵さんだよ☆(ネタバレ)なのでこの線はちょっと消すとして、「お母さんが見える。胸を苦しがってる」「キッチン」が見えるという発言、さらに父親が執拗に許しを乞うてるあたりから、

2.父親がキッチンで母親を刺殺して母親が胸を苦しがってる?

とかそんな予想を立てました。

誰にも暴かれたくない事実として「1」も「2」も同じだと思うんですが、母親がでてくるあたりから「2」なのかなあと思わざるを得ない。ただ、マットが見た母親らしき女性は、別に苦しそうでもなんでもなかったのが気になる。殺された人はもっと苦悶の表情とかを浮かべてそうな、そんなイメージです。

とかそういう想像をしつつ、ラストまでいくわけです。

ラストもまた予想しなければいけないような終わり方をしてくれてしまっていて、
「はあ?結局どういうことなん?」と思ったのでちょっと予想してみる。

ラストのシーンは、ジョージ(マット・デイモン)が死者と通信する際に描いている情景と似たものを見たマリー(セシル・ドゥ・フランス)がその体験を本にして出版し、その本を読んだジョージがマリーへと手紙を書いて、ふたりで会う、というところで終わります。

マリーとジョージは、その前に、ロンドンのブックフェアで著者としてマリーが自著を紹介しているところにジョージがたまたまきて、本の内容を知り、興味を持ったジョージがマリーにサインを頼む、とすでに1度は接触を持っている状態です。
そのときにすでにマリーとジョージは手が触れており、ジョージはマリーが水の中でおぼれていたシーンを頭の中で見ています。

このマリーと手が触れ合った際にジョージが観た風景というのも謎めいていて、
本来であれば「死者」を情景の中で描くジョージが、マリーと手を触れることによって、水中で溺れ死にかけている「マリー」を見た、ということはマリー自身が、一度死を体験(臨死)して、あの世へ行ったことを意味しているのかなあ?と感じました。一瞬の死であり、すでに生存しているからこそもう通信は行えないのでしょうが・・・
そしてジョージはマリーが確実に臨死体験をしていることを知って、興味をもったと。

ここでさらに謎なのは、ラストにある「二回」ジョージとマリーが出会うシーン。

ジョージからの手紙で待ち合わせをした二人は、ある喫茶店みたいな場所で待ち合わせをするんですが、1回目はジョージとマリーがなぜかキスしているシーン。話をするわけではなく、初めてお互い認識して会うにもかかわらずなぜかキスするふたり。わけわからん・・・とおもってたら、再度ジョージへと巻き戻る。そこにマリーがやってきて、ジョージが声をかけ、二人は握手する。
この握手のときに、ジョージは何も描かない。ジョージは劇中では、手先が触れるだけで死者との通信をしてしまうシーンがあるけれど、マリーとの握手の際には、何も起きない。
そして二人は話はじめて、映画は終わる。

うーん。

このシーンはまったくよくわからなかったので、映画が終わってスタッフロールが流れるときに思い出しながら反芻していたのですが、よくわからないことになりました。

1.マリーはすでに臨死しており、死者の世界を知っているため、死者と繋がろうという意思がないためにジョージが手を触れても何も映らない

2.キスしていたあのシーンはただのジョージの妄想。死に直面しても理解しあえる人が見つかった!!!うれぴーーー!というのをいーすとうっど監督が妄想乙で描いた

3.ジョージとマリーはすでに死んでいて、そこは死後の世界。だからもう二人が手を触れ合っても何も映らない

こう書いてると、「2」が有力のような気がしてきました。
ラストシーンは全然わかんないな~~もう1回みようかな。でも映画館で見るほど迫力がある映画ではないので、DVDとかで十分かもしれないとおもいますた。

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